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私の住む奈良県桜井市から金沢まで1日で走ろうと云う無謀とも思える計画は春先からあったのだが、私事ながら春に発覚?した病で、運動制限をする程の事は無いにしても、「さくら道ネイチャーサイクリング」(*1)にエントリーしながらもキャンセルするなど出端をくじかれた格好になって、年間の走行距離も3000キロに達していない体たらくであった。200キロ/日の走行は若い頃にしているし、昨年も高見越と千石越を含む10峠で伊勢志摩までの185キロ余りを走っている訳だから、大きな峠と云えば滋賀福井県境だけのこのコースはまんざら無理な話でもない筈である。 昨年ニュ−サイクリング誌に連載された「東京〜下関タイムトライアル山岳ル−ト単独無伴走」の戸田真人氏(小生より6歳年少、ファ−ストネームは似ていたりして)にはとても及ぶべくもないが、ちなみに氏は1日目の24時間で東京から麦草峠や野麦峠を越え美濃白川まで422.2キロを走っているが、標高差が5768mあるのだから、とても常人とは思えない。 |
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コースは距離的に京都から琵琶湖北岸を走るのが最短距離になる様だが、京滋県境の山越えや交通量を考慮して、一番楽と思え、走り慣れている奈良から信楽経由で琵琶湖南岸に出てほぼ国道8号と国道365号に近い起伏の少ないル−トを選んで設定してみた。問題の滋賀福井県境は国道365号線を素直に進むと椿坂峠(500m)と栃の木峠(539m)の2つの峠を連続して越える事になり、当初余呉町柳ヶ瀬から旧北陸本線廃線跡で今庄に向かうル−トを検討したが、柳ヶ瀬トンネルが自転車通行禁止との情報もあり、廃線跡ル−トはのんびりと次の機会にでもしようと、滋賀県高月町から高時川沿いに北上し県道中河内木之本線で椿坂峠と栃の木峠の間の中河内(420m)に入る事とした、但し距離的には椿坂峠越えより約18キロ程長くなってしまう。 あらかじめ設定したコースを地図ソフト/MapFanで計算した結果、目的地の石川県内灘町(金沢市郊外)の北陸鉄道内灘駅まで333.8キロ、休憩時間を含めた平均時速を16キロと仮定して所要時間は20時間51分、実走平均時速20キロを維持したとしても停車時間は4時間20分余りとなるが、滋賀県日野町以遠の全行程の7割以上が未走行区間であり現実としてはかなり厳しい時間設定である。 使用する自転車はロ−ドレーサーが最も相応しいのだろうが、季節柄昼夜の温度差が大きくどうしても衣類などの荷物がかさばってしまう、前日のアメダスでは信楽での最低気温が摂氏10度を記録しており、その様な事もあって使用できるフロントバッグの容量の点から最近乗りつけているあすか700Cクロスにパナソニックのストラディウス700×26Cを履かせて出かける事とした。 |
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暑さで消耗の激しい夏を避けている内に秋風が吹き、日々陽も短くなり時間的にナイトランが長くなる季節となってしまったが、9月18日にナイトランとなる予定の滋賀県日野町まで試走し、天気の安定した10月7日未明に出発する事となった。 前日、10月6日は日中仮眠を決め込んでいたのだが、好事魔多しとはこの事で鳥取県西部地震に叩き起こされ、客先のコンピュータの動作状況の確認やらに追われてしまった。 |
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10月7日0時丁度に桜井市の自宅を出発、天理市まで旧街道をとり、国道169号線で奈良市へ、1時16分前に奈良県庁前を通過、木津横田線から天理木津加茂線に入り、京都府加茂町井平尾の国道163号線沿いのコンビニ前に2時着。 ヘッドライトはキャットアイのHL−500Uを2個とナショナルのBF−125を改造したものを用意したのだが、明るいものの使用可能時間が短い(公称アルカリ電池で3時間)のは判っていたものの、電池交換に手間取る上にBF−125が点灯しなくなってしまい(原因は球切れ)、先が思いやられる。 木津信楽線に入り約40キロ地点の京都府和束町の道の駅「茶処和束」を2時35分発。 |
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真夜中と云っても何度か走っている道、湯舟集落を過ぎると真っ暗闇の山間路だがさして不安はない。週末とあってか時々車も通る、逆に真夜中に走る自転車を見かけた車の方が不気味に感じていたりして... 3時30分、55キロ地点の京滋県境(標高355m)を越える、実走平均速度は18.9キロまで落ちるが、予定時刻はほぼ確保。 |
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国道307号線に入り、3時45分、62キロ地点の信楽駅前を通過、下り坂とあって実走平均速度は19.4キロまで回復、雲井のロ−ソン前で休憩、寒冷地で時々見かける道路脇の温度表示は摂氏9度となっている、暖かいおでんに食指が動くが我慢。この先であの信楽高原鉄道の大事故の慰霊碑の横を通り過ぎなければならないが、夜明けを待っている訳にも行かず出発、小野峠(340m)を越え、貴生川から近江鉄道沿いに水口町を経て日野町へ5時10分、ようやく東の空が白み始めてくる。 国道477号線〜土山蒲生近江八幡線〜彦根八日市甲西線で102キロ地点の八日市駅前に6時15分、栗見八日市線から愛知川左岸の道を走り八幡橋から大津能登川長浜線に入ると大型車を含め交通量が多くなってきてうっとうしくなってくるが、宇曽川を渡る橋から自転車道が整備されており、気持ちよく琵琶湖畔に向かう、こんな事ならもう少し上流から宇曽川畔に入るコースをとった方が良かったかも知れない。 |
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| 7時半には琵琶湖畔、宇曽川河口に到着、大休憩として持参のパンを頬張る。7時50分出発、実走平均速度は20.6キロ、しかし目標時間を10分程をつめているに過ぎない、「小便一丁糞八丁」とは良く云ったものである、頑張って時間を詰めても少し休憩すると消えてしまう。 | |
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彦根近江八幡線いわゆる湖岸道路を北上、サイクリストが目立つ様になる、湖岸の芝生やベンチを見ていると、こんなタイムトライアルもどきのツーリングをやめて、のんびりと休憩しながら走りたいとつくづく感じてきて、こんなツ−リングはこれが最初で最後にしようと思う、 長浜市街で反対車線の歩道を前後サイドバッグのランドナーの青年が走っている、向こうも泥よけこそ無いものの大型のフロントバッグとサドルバッグを付けたこちらを見つけたらしく、手を挙げるとエラく元気そうに手を挙げてくれた、ロ−ドやMTB全盛の中でツ−リスト風情のお互いに妙な親近感が沸く、お互い何処から来て何処まで走って行くのかと考えている。 長浜市を外れる辺りから国道8号線に入り、馬渡橋を渡り少し行った処から高時川右岸に出て自転車道に入る、事前の情報が無かったのだが、どうにかこのまま堤防沿いの道を北上して行けそうな雰囲気であり、休耕田などに植えられたコスモスが見事に咲いている。 |
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| 高月町と木之本町の境をなす井明神橋?までほぼ高時川右岸を走る事ができた。橋のたもとの墓地には彼岸花が満開である、のんびり写真を撮っている暇は無かったのだが、その見事な咲きっぷりに十数枚写真を撮って時間を潰してしまった。 | |
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井明神橋から川合千田線〜国道303号線で木之本町川合、ここから中河内木之本線に入るのだが、危うく分岐を見落としてしまうところであった。雪国らしく道路中央に融雪溝のあるひなびた道だが、余呉町丹生までの区間は意外とアップダウンの激しい道であった。 写真は下丹生の平篠橋、県道は橋を渡って対岸へ。 |
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11時頃、上丹生の農協前で大休憩、実走平均速度は20.6キロを確保しているが、目標時間を1時間はオーバーしてしまっている、井明神橋での写真撮影とIモードの使える輪童さんの掲示板へ時々書き込みをしているのが災いしている様である、しかし早速と乾氏やUG氏からのコメントが頂けるのは愉しいものである。 丹生集落以北の中河内木之本線は穏やかな勾配がコンスタントに続く走りやすい道なのだが、改良工事が進行中でどうやら丹生ダムというのが建設中であるらしい、ダム建設に伴う道路の付け替えか川筋に沿って曲がりくねった道を貫く様に新しい道路やトンネルが造られようとしている、どうやら数年後にはこの辺りの風景も一変してしまう事であろう。 |
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田戸〜半明間通行止の標識が現れる、それまでに路肩にそれらしき表示はあったのだが、道路を塞いでいるものは、この区間に1/3程入ってからであった、引き返して椿坂峠を登り直すと大幅に時間をロスしてしまい、今庄まで越えて今回のツ−リングを終えるのが精一杯であろう、落石や崩土といっても自転車を担いでも通れないケースは稀である、ここは意を決してそのまま進む事にした。ダム建設のせいか菅並以北の集落は廃村となっている様で、通行止と云うより殆ど車両の通行が無くなってしまっている様である、 結果、土砂が流出している場所は数ヶ所あったが、自転車を降りなければならない様な落石は1ヶ所だけで、1m角の岩が狭い道を完全に塞いでいた。しかし少し無理をしてタイヤにダメ−ジを与えてしまったかも知れないのが気になる。 路肩を草に覆われた道を走る事小一時間、12時35分に国道365号線中河内に出る事ができ、ほっと一息である。走行距離184.3キロ、目標時間から1時間遅れのままである。ハナから目標時間では無理だとは思っていたが2時間が限度であろうか。 |
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中河内から栃の木峠までは谷あいを真っ直ぐつめる約3.6キロ、標高差120m程の登りである、交通量は予想した程でもないが、あまり好きなタイプの道筋ではない、それに思ったより峠に辿り着かない、よくよく考えると足の速い今回のツ−リングでは後半5万図を用意してきており、日頃使い慣れた2.5万図と錯覚して4cm/1キロと踏んでしまっていた、大きな違いである、道理で先の中河内木之本線から思った程に前に進まないとなと思っていた。 栃の木峠は高時川源流とあって「淀川の源の碑」と云うのが建っている、淀川河口から約170キロで最遠の地とある。 |
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栃の木峠から今庄までの下りは標高差400m、先とはうって変わってコーナーの続く峠道である。一気に下って少しでも時間を詰めたいところだが、先の県道でタイヤにダメ−ジを与えたのが気になって、どうも踏み込めない、スペアチュ−ブは2本用意してあるのだが、チュ−ブ交換の時間ロスと精神的負担が辛い。 今庄駅13時半着、走行201.8キロ、とにかく当初の目標の200キロは達成した、1時間の遅れはそのままである。駅前で休憩しながら、昼食に名物「今庄そば」でも食って、輪行支度さえすれば車上の人となって楽々帰途にに着けると思いが過るが、天候に恵まれ此処まで無事に走ってこれたのも良い機会だと思い足を進める事とする。 |
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湯尾峠、蛇行する日野川に沿った国道365号線をショートカットする、峠と云っても勾配は全くと云って良い程ない。立派な割りには幅が無く、交互通行になっている、元北陸本線のトンネルであろうか。 この先、写真を撮る余裕すらなく、この日最後のシャッターになってしまった。 |
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国道365号線を北上、武生駅14時45分、国道8号線を少し走り福井鯖江線で福井市内へ、この辺りで疲れが出てくる、手足の痛みや疲れと云うより気分的な疲れが大きい、写真を撮ろうと云う気持ちがあっても、ブレーキをかけて停まる気力が失せてしまっている。 福井駅前を16時05分に通過、市街地走行の交通量と信号インタ−バルにはほとほと参る、陽が傾く中を福井金津線に入り芦原湯町駅に1時間20分遅れで17時30分着、日没である。この先は大した事はないが牛ノ谷峠越えになる国道8号線寄りのル−トをとらず、国道305号線で北潟湖畔を走り三木塩屋線〜上木中町線〜串加賀線〜小松山中線と継いで小松市内に向かうのだが、暗い中でのル−ト確認に時間を取られだす。日中なら越前海岸沿いのサイクリングロ−ドを辿れば最高なのだろうが... 20時台に入っても信号に苦しめられながらもくもくと小松市内を走っている、小松駅近くで走行300キロを突破するものの、いよいよ2時間遅れになる、小松根上線〜金沢美川小松線で美川駅前に21時15分着、どうにか走り抜ける目処がついた処で知人宅に電話を入れる、残り23.2キロ、知らない夜道1時間は無理としても、もう着いたも同じである、が北陸道徳光PA近くで道を間違えて、距離は知れているものの現在位置の確認に手間取り時間をロスしてしまい、内灘駅前着は22時50分、実走平均速度19.9キロながら目標時間の2時間14分遅れで、ロクに休憩もしていないのに停車時間が6時間にも及んで、休憩込み平均速度は15キロを割ってしまったが、ともかく最終目的地まで辿り着けたのは満足である。 |
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| 翌朝、知人宅前で記念撮影。 | |
| 帰途は金沢駅から輪行、タイオガの輪行袋は大きく丈夫で使い勝手は非常に良いのだが、収納サイズは非常に大きくかさばる、今回は専用の携帯袋は使用せずに四角く折り畳んでサドルバッグに押し込んだ。 | |
反省点は前照灯にも懐中電灯にもなる様に改造したライト(BL−125)が球切れで使えず、予備球を用意してなかった事(途中で上新電気があったが5.2V球相当は無かった)、ヘッドランプ(自転車ではなく人間が頭に付けるヤツね)を持参しなかった事(チュ−ブ交換とは云え夜間にパンクしたら、きっと手こずっていた)。電池交換の手間を考えるとダイナモランプを併用しても良かったかな。トラブル時のリタイヤ輪行を想定して北陸本線から余り離れまいと、武生〜鯖江〜福井や小松と信号の多い市街地を走るコースをとってしまった事だろうか。 距離の割りには、伊勢志摩へ峠越え連発で100数十キロ走る事を思えば、肉体的には防寒用に用意したフリースの手袋やレッパーの1枚革サドルもなじんでいたのか、手足や尻といった局所的な痛みを起こさなかった事が幸いしてか意外な程に疲れは少なかった、ただ精神的には日没後に知らない道を縫って走らなければならないのにはほとほと参ってしまった。 とにかく自己最高をはるかに更新する336.4キロを走破、こんなツ−リングはもうこりごりと云いながら、喉元過ぎれば何とやら、 体力的には実走平均速度を上げる事は難しくても、土地勘があって信号の多い市街地走行を避ければもっと早く着ける筈だなんて事も考えているが、正直今度走る機会があれば、のんびりと1泊で風光明媚な越前海岸沿いとか冠山峠とか温見峠越えで走ってみたいものである。 |
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